住めば都
建築デザイナーを目指すようになったのは小学5年生の頃だった。
はっきり覚えている。父が、後にボクが卒業することになる学校を勧めた。
では、いわゆる『建築デザイン』を否定するようになったのはいつのことだっただろう。
もちろん現在、建築デザインのすべてを否定しているわけではない。むしろ建築デザインは大好きだ。
むしろ建築教育というべきか。建築デザイン界の閉鎖性に嫌気が刺した。
当時、多くの人は建築デザインの存在を認識していなかったし、知っていても特別な何かという観念を抱いて見ていた。さらに、建築デザイナーの一部の人達も建築デザインを特別なものとして、むつかしい言葉で説明することしかしていなかった。デザイン一般のそれと同様に、建築デザインの有り様も事実とはかけ離れた内容が伝播して行くようだった。
確かに建築デザインは、一般のハウスメーカーが作る住宅とは意を異にしている。特別なものなのかもしれない。ハウスメーカーがアパレルブランドに例えられるなら、建築デザインはクチュールに近いものだからだ。人々はハウスメーカーの作る服に満足していたし、今でも満足しているだろう。メーカーが築き上げてきたノウハウは、住む人々の心地よさの平均値以上のものを提供しているからだ。たぶんみなさんも、現在住んでいる場所に決定的な不満を見いだすことはないのではなかろうか。まさに、現在の住居は、『住めば都』なのである。では、建築デザインは必要なのだろうか。その答えは、イエスである。建築デザインには、ハウスメーカーのそれとは全く違うベクトルの良さがある。
− では、建築デザインの必然性とはなんだろうか?
この質問に多くの人が答えられない限り、建築デザインの未来は明るいとは言えないと、学生のボクは考えたのである。
日本には、特に札幌には建築デザインを受け入れる土壌が整っていなかった。これは土壌を耕すことを怠ったデザイナーの責任が大きいのではと、疑問を抱くようになった。このときボクは建築の勉強よりもさらに大切な事があると悟ったのだ。それは建築を多くの人に伝えることができる言語の習得である。そうして、ボクは建築を、さらにはデザインを人々に翻訳する職業、「コーディネータ」を目指すことになったのだ。
とまぁ、言ってみたけど、5割増しくらいでお送りしておりますww
盛るぜ〜 盛るぜ〜 超盛るぜ〜 ☆
では、そんなボクの学生の頃の答え。修了制作です(笑

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